2008年04月01日

山本保博 監督日誌

ずいぶん、久しぶりのブログとなりました。筆無精勘弁ください。
3月29日に、第25回 日本映画復興賞 奨励賞を受賞しました。
「貴方は師である新藤兼人監督の脚本と出演を得て「陸に上った軍艦」を演出 そこ
に込められた戦争と軍隊への怒りを的確に表現されました」というのが理由です。
故今井正監督らが、独立プロの活動を励ますためにという趣旨で設立されたもので、
今までに、新藤兼人監督や乙羽信子さん、近代映画協会プロデュサーの絲屋さん、能
登さん、先輩の監督、松井さんや金高さんも受賞された賞で、その末席に連なること
は光栄なことです。
今回は、「日本の青い空」の大澤豊監督や、岩波ホールの高野悦子さん、俳優の三國
連太郎さん、「パッチギ」の井筒正行監督、「ひめゆり」の柴田昌平監督たちと並ん
での受賞でした。個人的には、学生の時に岩波ホールに通って見た「木靴の木」や
「旅芸人の記録」がどんなに栄養になったか。高野さん本人を前にして、お礼を言う
ことが出来たのは、とても嬉しいことでした。
「ひめゆり」の柴田監督たちのグループは、何もわからないところから始めて自分た
ちだけで、配給・宣伝をやっているという話で、とても頑張っていらっしゃるなと、
勇気づけられました。

「陸に上った軍艦」が、日本映画ペンクラブのベスト5で4位になったことと、この受
賞とあわせ、少しでも上映のプラスになればいいと思っています。
3月14日には厚木の9条の会で上映してもらい多くの方に見て頂きました。関係者の皆
様に感謝します。
これから、あいち平和映画祭2008で、4月26日(土)ウィルあいちホールにて10時30
から上映されます。(連絡先は加藤さんという方でa9s-kato@me.ccnw.ne.jpです)
4月17日には、日本映画学校で、「演出」の授業の一環として学生さん達にみてもら
うことになりました。若い人たちの反応はどうか、気になるところです。
それから、僕の出身地である福岡県飯塚市で、8月12日に上映を考えているという連
絡も入ってきました。
これから夏に向けて上映が広がっていくことを願って、とりあえず筆を置きます。

2007年12月03日

山本保博 監督日誌

12月2日 徳島県鳴門市の島田島を訪れた。鳴門の海をはさんで対岸に淡路島が見える。
62年前の8月2日、この島の2キロ沖で住吉丸が米軍機に急襲され、予科練生など82名が亡くなった。この住吉丸の事件は、「陸に上った軍艦」でも、戦争末期に宝塚海軍航空隊を襲った悲劇として取り上げている。
炎上する船から海に飛び込んだ予科練生を助けたのが、この島田島の漁師の方達である。
危険を顧みず手こぎの船を出した。そして17名の若い命が助かった。
その顕彰碑が、十数年前に淡路島を望む田尻浜に建てられた。
そして昨日、新しいモニュメントの除幕式が行われた。
画家の野尻弘氏による、救助の模様を描いた「慟哭の海」の複製画が、顕彰碑の前に飾られることになった。その「慟哭の海」のタイトルを、新藤兼人監督に揮毫して頂いた。
その除幕式に、映画が縁で僕が呼ばれた。

モニュメントは、地元の人達の寄付によって賄われ、式もまったく島の人達の手作り。
話が持ち上がって3ヶ月程でここまでこぎ着けたとのこと。
地元の人達の思いがいかに強かったのか感じさせられる。
序幕の綱を引いたのは、島田小学校の全校生徒の6人。6年生が4人、5年生が1人、4年生が1人。
その中に一緒に僕も入る。

島田の子供達は、5年前から住吉丸の事件を調べ、自分たちで絵を描き紙芝居や朗読劇として今まで続けてきたという。
モニュメントは、出来上がってしまえば形だが、ここでは、子供達の心のなかに戦争のことを伝えようとすることが、具体的実践的に続いていることに感心した。

その6人の子どもたち描いた絵を見せてもらった。島の身近な生活を描いたものだが、どの絵もいきいきとして人物の表情も豊かだ。正直驚かされた。農林水産大臣賞までもらった子もいる。島の毎日の生活が子供達の心に何を残しているか実感させられた。絵を見ていると、僕まで少し幸せな気持ちを貰った。来年、4人の6年生が卒業すると、6年1人と5年1人の二人だけなる。すぐそこに廃校が迫っている。

十分ほど課外授業として、子ども達に僕はこんな話した。

住吉丸の事件では、14歳の少年が亡くなっている。6年生からすれば、2つほど上のお兄ちゃんだ。そういう子の、人生が突然断ち切られた。その場にいた小学生たちに将来何をしたいか、聞いてみた。
ドッグトレーナーだったり、ディズニーランドで働いてみたかったり、様々だが、誰もが持っている夢や希望を一瞬にして壊してしまうのが、戦争という話をした。それも自分の意志とはまったく関係なく、そういうことが起きる。紙一重で、命を亡くすことになる。

同じ予科練で、偶々住吉丸に乗り合わせなかったため、生き残った方がいた。その方の遺族の奥さん娘さんと一緒になった。生前、その方は度々「戦争は虚しい」と仰っていたという。その話を子供達にしてもらう。もし、その方が住吉丸に乗り合わせ命を失っていたら、今の娘さんもいなかった。

広島では、一瞬にして20万人もの人の生きる希望や夢を断ち切った。そういう大変なことが起こった。
そして、今も世界で、戦争は続いている。

退屈しないか心配だったが、一生懸命、真剣に聞いてくれるのを感じる。

地元の方の中には、住吉丸の事件が、映画にならないかなどの声もあったが、村おこしをしなければ、そのために映画をという気持ちがあるのを感じた。

来年1月13日映画館のなくなった徳島で、「陸に上った軍艦」が上映される。「徳島でみれない映画をみる会」の「がんばれ!! 日本映画」と題した20周年映画祭。徳島映画センターの四宮さんが、イベントに参加されていた。1人でも多くの方に映画をみてもらえればということだった。僕も、島田の人達がずっと持ってこられた平和への思いに重ねて、「陸に上った軍艦」を見てもらえれば有難いと思いながら、映画のこと、アピールする。このイベントには、横浜や京都から参加された方もいて、是非映画をみてみたいという声を聞いた。12月下旬から下高井戸シネマでの上映をお知らせする。

島田の子供達と短い時間だったけれど一緒に話せたことが、楽しく嬉しい時間となった。とても思い出深いものとなった。

2007年11月09日

監督日誌

11月8日
新藤監督の新作「石内尋常高等小学校 花は散れども」の編集作業の合間を縫っての
「陸に上った軍艦」の宣伝のため、東北へ。
12月、岩手、宮城など東北で、初めての上映が始まる。
盛岡では、12月7日のホール上映のため、岩手日報と朝日新聞の取材を受ける。
盛岡での上映会は、93歳の元教師の方が中心となって上映会を企画されたとのこと。
新藤さん同様の、伝えたいという執念を感じる。
我々にとっては、とても有難いこと。
配給を担当して頂くシネマとうほくの樽見さんの案内で、市内を流れる鮭の遡上する川へ。
川には役目を終えた鮭の姿が見えた。そして隣接する公園には、宮沢賢治の詩碑。
紅葉の季節に訪れた盛岡は、とても美しかった。

盛岡の取材を終え、高速で一路、仙台へ。180キロ、二時間弱。
仙台では、12月8日から21日まで、桜井薬局セントラルホールで上映される。
訪れた映画館は、名前の通り、薬局のビルの3階にあるのだけれど、ちょっと趣の
ある映画館。なにかとても良い感じなのである。
陸に上った軍艦」公開に先だって、新藤さんの「午後の遺言状」「縮図」「竹山ひとり旅」
「裸の十九歳」が、11月中旬から特集上映されるとのこと。
また、レイトショウで鈴木則文特集をやるなど、映画ファンが嬉しくなるような、なかなか
意欲的で面白いプログラム。
支配人の小野寺さんが、温厚な感じの方で、あ、この映画館に、この支配人さんありき
だと納得させられる。
仙台での、取材は、河北日報という地元の有力紙と、東日本放送というテレビ局。
試写会を見て頂いた上での取材なので、熱心に聞いてくれた。
「陸に上った軍艦」を気に入ってくれたことを、インタビュアーの方から、十分に感じる
ことができ、こちらも嬉しかった。

盛岡、仙台、以外にも、上映のオファーが来ているとのこと。
一人でも多くの方に、見て頂けたらと思いながら、良い気分で夕暮れの仙台を後にする。

2007年09月09日

渋谷ユーロスペース9月14日最終日です。

 7月28日よりユーロスペースにおいてスタートした映画「陸に上った軍艦」ロードショーは、当初の3週から4週の予定を大きく越え7週間のロングランを実現することとなりました。限られた宣伝予算と大変地味なテーマにも関わらず、試写をご覧いただいた方々を中心に宣伝、前売り券の普及に大きなお力添えをいただくことができました。
お一人で20枚、30枚と普及いただいた方々、中には100枚、150枚と周囲の方々の協力を広げながら普及いただいた方も登場しました。第一番には、私どものお願いに応え、1枚また1枚と普及いただいた前売り券(鑑賞券)がこのロングランの支えになりました。
 同時に見逃せないのはかってないほどにマスコミ関係者が協力を寄せてくださったことです。五大紙は作品評とともに新藤兼人さんのインタビュー、山本監督のインタビュー記事を掲載してくれました。新聞とあわせて「フジテレビ批評」での山本監督、「NHKクローズアップ現代」「徹子の部屋」の新藤兼人さんをはじめ、フジテレビの朝ワイド「特ダネ」でキャスターがコメントでこの映画にふれるなど、思わぬところでもパブリシティの協力を得ることができました。
 完成から公開までを振り返るならばこうしたご支援、ご協力を得るきっかけとなったのは試写会であったように思います。試写会で直接にお声掛けいただいた方々、アンケートに寄せられた言葉の数々、わざわざファックス,メールでご連絡いただいた方々、この一つ一つが取り組んでいく上での私たちの力になりました。ロングランのご報告をさせていただくとともに、あらためまして心より御礼申し上げます。

お手元に残っておりますチラシ・チケット等につきまして、もう一度、周囲の方々にお声がけいただけますようお願い申し上げます。

2007年08月17日

朝日新聞8月15日の社説で紹介されました

8月15日終戦の日の朝日新聞社説で「陸に上った軍艦」が大きく取り上げられました。
“戦争という歴史―「千匹のハエ」を想像する”というタイトルの社説は「中学、高校で歴史を学ぶ皆さんへ」という書き出しで始まります。想いのこもった勇気ある社説で感動しました。
ぜひ読んでみてください。
http://www.asahi.com/paper/editorial20070815.html